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横浜地方裁判所川崎支部 平成11年(ワ)606号 判決 2000年6月09日

原告

甲野一郎

原告

乙原二郎

原告

丙山三郎

右3名訴訟代理人弁護士

大塚達生

野村和造

田中誠

被告

更生会社三井埠頭株式会社管財人大谷喜輿士

右管財人代理

佐藤克洋

右訴訟代理人弁護士

伊藤秀一

宮澤廣幸

主文

一  被告は,原告甲野一郎に対し,金130万7174円及び別表1<略>の「未払賃金」欄記載の各金員に対するこれに対応する各「始期」欄記載の日から支払済まで年6分の割合による金員を支払え。

二  被告は,原告乙原二郎に対し,金118万9694円及び別表2<略>の「未払賃金」欄記載の各金員に対するこれに対応する各「始期」欄記載の日から支払済まで年6分の割合による金員を支払え。

三  被告は,原告丙山三郎に対し,金102万1394円及び別表3<略>の「未払賃金」欄記載の各金員に対するこれに対応する各「始期」欄記載の日から支払済まで年6分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨。

第二事案の概要

本件は,更生会社の従業員であった原告らが,在職中に一方的に賃金を減額されたとして,右更生会社の管財人に対して未払賃金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(以下の事実は当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 更生会社三井埠頭株式会社(以下「更生会社」という。)は,港湾運送業等を営む株式会社であるが,平成10年10月15日,横浜地方裁判所において,更生手続開始決定を受け,被告及び酒井聖輝(以下「酒井管財人」という。)が更生管財人に就任した。(被告が法律管財人)

(二) 原告甲野一郎(以下「原告甲野」という。)は,昭和45年2月に更生会社と労働契約を締結し,更生会社において就労していたが,平成11年に行われた40歳以上の従業員を対象とする希望退職募集に応募し,同年3月31日,退職した。退職直前の役職は,資源事業部長であった。

(三) 原告乙原二郎(以下「原告乙原」という。)は,昭和37年3月に更生会社と労働契約を締結し,更生会社において就労していたが,平成11年に行われた40歳以上の従業員を対象とする希望退職募集に応募し,同年3月31日,退職した。退職直前の役職は,資源事業部環境事業課長であった。

(四) 原告丙山三郎(以下「原告丙山」という。)は,平成8年1月に更生会社と労働契約を締結し,更生会社において就労していたが,平成11年に行われた40歳以上の従業員を対象とする希望退職募集に応募し,同年3月31日,退職した。退職直前の原告丙山の役職は,資源事業部環境事業課の課長職であった。

2  賃金の減額

(一) 更生会社における従業員の毎月の賃金(給与)は,毎月25日(ただし,この賃金支給日が休日の場合はその直前の休日でない日)に支給することとされていた。

(二) 更生会社は,平成10年5月以降,原告ら管理職従業員の毎月の賃金を減額して支給した。

その結果,減額された金額は,それぞれ別表1ないし3記載のとおりであり,原告甲野について合計130万7174円,原告乙原について合計118万9694円,原告丙山について合計102万1394円となる。

二  争点(原告らが賃金減額について承諾したか否か。)

1  被告の主張

(一) 更生会社の前代表取締役Oは,平成10年5月13日,全管理職(当時37名)を招集し,経営難を理由に管理職従業員の賃金を20パーセント減額することを通知し,全員異議を述べることなく承諾した。

(二) 原告らは,賃金減額措置が不当であるならば,被告が保全管理人になって初めての賃金支給日である同年6月25日,あるいは,被告及び酒井が更生管財人になって初めての賃金支給日である同年10月25日に,何らかの異議申立てがあるべきなのに,これをしなかったから,遅くとも同年10月25日までには管理職全員が黙示的に承諾したものというべきである。

2  原告らの主張

(一) 平成10年5月13日には管理職従業員の賃金を20パーセント減額することが一方的に通知されたのみで,管理職従業員の承諾の意思表示はなかった。なお,原告丙山は,右の通知の場に出席していない。

(二) 原告らが更生会社に対して未払賃金の支払を請求したり,賃金減額についての異議を申し立てなかったことをもって,賃金減額を黙示的に承諾したとみることはできない。

第三争点に対する判断

一  前提事実及び証拠(<証拠・人証略>)により認められる事実は以下のとおりである。

1  更生会社は,平成10年4月30日,額面総額3億4000万円の約束手形の不渡りを出し,これを知った荷主らが一斉に寄託貨物を倉庫から引き上げる等の混乱が生じた。当時の経営陣は,会社経営の方針を検討し,管理職従業員に対して,手形事件の概況,今後の方針などについて説明を行う場を何度か持った。

同年5月13日,更生会社の当時の経営陣は,管理職全員を招集し,役員報酬を月額20万円にすることや管理職の賃金を20パーセントカットすること,残業を減らすようにすることなどを伝えた。これらの事項について出席者の意思確認を採ることはなかった。なお,管理職の招集が急なことであったため,原告丙山は,業務に支障があるとして出席しなかったが,その後まもなくして賃金の20パーセントカットの話を伝え聞いた。

2  同年5月分の給料については,銀行取引が停止になり,また,債権者からの差押えの可能性もあったため,本来の支給日より早い同月22日に現金で支給されたが,管理職の賃金は20パーセント減額して支払われた。

3  更生会社の経営陣や顧問弁護士らは,その後も経営方針,再建策について検討し,同年6月5日,会社更生の申立てをし,同日会社更生法39条の規定に基づき,会社財産の保全命令が下され,同月8日,被告が保全管理人に選任された。

そして,同年10月15日,横浜地方裁判所より会社更生手続開始決定が下され,更生管財人として被告及び酒井管財人が選任された。その後,毎週土曜日には,更生会社のおかれている現状や今後の方針などについての会議がもたれ,原告甲野はこの会議にほぼ毎週出席し,原告乙原も途中から出席するようになった。

4  同年6月分以降も管理職の賃金については引き続いて20パーセント減額されたうえ支給された。なお,夏の一時金は支給されず,冬の一時金については,管理職は1人15万円ずつ,一般社員は1人10万円ずつが一律に支給された。

同年10月ころ,原告甲野は,S人事課長をとおして,賃金の減額の措置について中止の提案をしてもらったが,被告は現状をしばらくこのまま維持してほしいというような発言をした。

5  原告らは,平成11年に行われた40歳以上の従業員を対象とする希望退職の募集に応募し,いずれも,同年3月31日更生会社を退職した。

原告らは,同月10日ころ,「未払賃金に関する申入書」を酒井管財人あてに作成し,それまでに減額されていた平成10年5月分から平成11年2月分までの賃金の支払を求めたが,酒井管財人は右申入書を受取らなかった。

二  以上の事実によると,原告らの賃金の減額については,平成10年5月13日,更生会社前代表取締役が,原告甲野及び同乙原を含む管理職従業員に対して通告したことはあったものの,原告らがこれを承諾したと認めることはできない。

これに対して,被告は,原告らが遅くとも平成10年10月25日には黙示の承諾をしたと主張するところ,原告甲野と同乙原が平成10年5月13日に賃金減額の通告を受け,原告丙山もその後まもなくこれを知ったこと,右通告に対応する形で減額した賃金が継続して支払われていたこと,原告らが,更生会社の前経営陣あるいは被告や管財人代理らに対して直接異議を申し述べたことがないことの各事実が認められる。しかしながら,原告らが賃金減額について容認していることを表明した事実は認められないこと,かえって,原告甲野は,平成10年10月ころには,人事部を通して減額措置の中止を申し入れ,平成11年3月には,原告ら3名が書面を作成してそれまでの減額分の支払いを求めた事実が認められること,更生会社の前経営陣からも,被告や酒井管財人らからも,原告らに対して賃金減額の措置について意思確認を求めたことはなかったことを勘案すると,原告らが賃金が減額されていることを認識しながら異議を申し立てなかったことをもって,賃金減額を黙示的に承諾していたものと推認することはできない。

三  そして,労働契約における最も重要な要素である賃金を使用者が一方的に減額することは許されないから,被告には,平成10年5月分から平成11年3月分までに減額した賃金及びこれに対する各支払日の翌日から年6分の割合の遅延損害金を原告らに対して支払う義務があるというべきである。

よって,原告らの請求はいずれも理由があるから,これを認容し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,仮執行宣言について同法259条1項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 武藤真紀子)

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